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アポスティーユ

アポスティーユをとろうとしている無犯罪証明書は、本人で無ければいけないことが判明しました。行政書士さんみたいな代理人でも、ダメなんでしょうか? 確かに、私がアポスティーユを必要としている犯罪履歴証明書はプライバシーの塊みたいなものでしょうけど、でも、戸籍でさえ代理人で取得できるのに、無犯罪証明書はダメって言う理由が分かりませんね。
ルネ・クレールの作品にはパリ下町ものの系列と諷刺ものの系列との二種あることは万人のひとしく認めるところである。
 そしてそれらの表現形式は下町ものの場合は比較的リアリズムの色彩を帯び、諷刺ものの場合は比較的象徴主義ないし様式主義的傾向を示すものと大体きまつているようである。
 しかして二つの系列のうちでは、諷刺もののほうをクレール自身も得意とするらしく、世間もまた、より高位に取り扱い、より問題視しているようである。事実、彼の仕事がパリ下町ものの系列以外に出なかつたならば、彼は一種の郷土詩人に終つたかもしれない。すなわち公平なところ、彼が一流の地位を獲得したのは一にその諷刺ものの系列によつてであると見てさしつかえなかろう。つまり喜劇によつてである。
 元来クレールの喜劇は諷刺あるがゆえに尊しとされているのである。
 しかし、少し物事を考えてみたら、いまさらこういうことをいうのははなはだ腑に落ちぬ話である。なぜならば、いまの世の中で諷刺のない喜劇などというものを人が喜んで見てくれるものかどうかを考えてみるがいい。
 つまり喜劇に諷刺があるのは、あるべきものがあるべきところにあるというだけの話で別にありがたがるにはおよばんではないかというのである。人を笑わせるだけのことならからだのどこかをくすぐつてもできるのである。芸術だの何だのという大仰な言葉を使つて人さわがせをするにはあたらないのである。問題は諷刺の有無ではない。問題は諷刺の質にある。諷刺の質を決定するものは何かといえば、それは思想にきまつている。ではクレールの思想は?
アポスティーユを付すると、外国でも有効に通用する書面になるわけですけど、どうやら、在外公館でも翻訳証明と言うものはあるみたいです。でも、私は、提出先の機関のおばちゃんに、アポスティーユをもらってくれと明言されてるので、私の語学力のこともあるのですが、めんどくさいので行政書士さんに頼んでアポスティーユを得たいと思ってます。